Interview
製紙業から総合バイオマス企業への転換で
描く未来への成長曲線
Profile
杉野 光広
(すぎの みつひろ)
日本製紙株式会社
代表取締役副社長 副社長執行役員
技術本部長 バイオマスマテリアル事業推進本部管掌
1963年北海道出身
1988年北海道大学大学院工学研究科 応用化学専攻修士課程修了後、山陽国策パルプ(現日本製紙)入社
2001年同大学院工学研究科 分子化学専攻博士課程修了
2019年執行役員技術本部長兼エネルギー事業本部長、2021年執行役員バイオマスマテリアル事業推進本部長兼事業転換推進室長、2023年取締役常務執行役員、2025年6月より現職
Profile
杉野 光広
(すぎの みつひろ)
日本製紙株式会社
代表取締役副社長 副社長執行役員
技術本部長 バイオマスマテリアル事業推進本部管掌
1963年北海道出身
1988年北海道大学大学院工学研究科 応用化学専攻修士課程修了後、山陽国策パルプ(現日本製紙)入社
2001年同大学院工学研究科 分子化学専攻博士課程修了
2019年執行役員技術本部長兼エネルギー事業本部長、2021年執行役員バイオマスマテリアル事業推進本部長兼事業転換推進室長、2023年取締役常務執行役員、2025年6月より現職
宮城県石巻市。日本製紙の主力拠点であるこの場所で、今、日本の製紙産業の未来を左右する大規模なプロジェクトが動き出している。同社が進めるのは、石炭ボイラーからパルプ製造の副産物である「黒液」を活用した高効率回収ボイラーへの転換。総事業費約555億円。ここには経済産業省の「排出削減が困難な産業におけるエネルギー・製造プロセス転換支援事業」による政府支援183億円が含まれている。この巨額投資の背景には、単なる環境対策を超え、「世界の人々の豊かな暮らしと文化の発展に貢献する」という同社のグループ企業理念がある。「紙」の枠を超え、森林の価値を最大化する「バイオリファイナリー構想」への挑戦について、プロジェクトを統括する杉野光広副社長に事業の狙いと未来への展望を聞いた。
2050年を見据えた「成長戦略」としてのGX
今回のGXプロジェクトに555億円という大規模な投資を決断されました。このタイミングで、これほどまでの経営資源を投入する背景を教えてください。また、副社長ご自身のこれまでの歩みと、今回のプロジェクトに対する思いもあわせて伺えますか。
ひと言で申し上げれば、今回の決断は我々が持続的に成長し、かつ社会に必要とされる企業であり続けるための『成長戦略』そのものです。
私はこれまで、技術本部長、エネルギー事業本部長として省エネや燃料転換の現場を指揮し、その後4年間はバイオマスマテリアル事業推進本部長として、木から作る新素材をいかに市場に広めるかという、いわば『攻め』の領域を担ってきました。作る現場と売る現場、その双方を見てきた立場で確信しているのは、製紙業界にとって脱炭素化は避けて通れない、避けてはならない課題だということです。
現在、世界中でカーボンニュートラルへのシフトが加速し、エネルギー多消費産業である製紙業には非常に厳しい目が向けられています。しかし、これを単なるコストやリスクとして捉えていては、未来はありません。むしろ、この変化を自らをアップデートする最大の機会と捉えるべきです。正直に申し上げれば、555億円という投資額に対し、社内では収益性やリスクの観点から慎重な議論が積み重ねられました。私自身、技術本部長として二度目の着任となりますが、これほどの規模の投資判断には身が引き締まる思いでした。
しかし、2030年、そして2050年のマイルストーンを見据えたとき、石炭に依存し続ける体制では、我々の製品が環境意識の高い未来の顧客から選ばれなくなるのは明白です。もし今、このタイミングで決断を先送りにすれば、10年後、20年後に我々の居場所はなくなっているでしょう。経済産業省の『HtA事業(排出削減が困難な産業への支援)』という強力な後押しがあったことも事実ですが、最終的には『今、脱炭素をやり遂げなければ未来はない』という経営陣の強い危機感と、総合バイオマス企業としてさらに進化するのだという不退転の覚悟が、この巨大なプロジェクトを動かす原動力となりました。これは義務感で行う投資ではなく、次世代に持続可能な事業を繋ぐための、我々のアイデンティティを懸けた挑戦なのです。
黒液ボイラーによる「製造プロセスの脱炭素化」と
技術的挑戦
プロジェクトの核となる黒液(こくえき)への燃料転換のための高効率回収ボイラーの導入について、その技術的な意義と、石巻工場で実施することのメリットを詳しくお聞かせください。従来の石炭ボイラーとの決定的な違いについても教えてください。
製紙工程の要となるのは、木材から繊維を取り出してパルプを作るプロセスです。その際、木材成分の約半分を占めるリグニンなどの成分が、分離されてきます。これが『黒液(こくえき)』と呼ばれるものです。黒液は、一見すると廃液のように思われますが、実際には太陽光を受け、育った木材由来のエネルギーを凝縮したバイオマス資源なのです。実は、製紙産業では古くからこの黒液をエネルギー源として活用してきましたが、従来の設備ではエネルギー回収効率に限界がありました。今回のプロジェクトでは、これまで石巻工場で主役を担ってきた石炭ボイラーを停止し、黒液を高効率にエネルギーへと転換できる最新鋭のボイラーを新設します。これは製造工程で発生する副産物を最大限に活用し、石巻工場のエネルギー構造そのものを転換する取り組みです。
この取り組みにより石巻工場単体で、年間約50万トンの温室効果ガス(GHG)の排出削減を見込んでいます。これは当社グループ全体の排出量の約1割に相当する規模であり、一工場の設備更新としては極めて大きなインパクトがあります。一般家庭の排出量に換算すればおよそ18万世帯分に相当します。なぜこのような削減が可能かといえば、原料である木材を調達し、その製造プロセスの中で発生する副産物である黒液もエネルギーとして活用する、製紙産業特有の『循環型モデル』を高度化するからです。これは製造プロセスそのものをエネルギー供給システムとして最大限に活用する取り組みと言えます。
もちろん、技術的なハードルは決して低くありません。黒液を安定的かつ高効率に燃焼させるには、高度な操業技術と緻密な設備設計が求められます。石炭からバイオマス燃料へ、エネルギー構造を転換することは、工場の基幹インフラを大きく転換する挑戦でもあります。石巻工場は東日本大震災を乗り越え、地域の雇用と産業を支えてきた当社の重要な拠点です。ここで最新の環境インフラを構築することは、製品の環境価値を高めるだけでなく、地域とともに持続可能な産業を築いていくという意思を示すものでもあります。石炭ボイラーを停止するという決断は、従来のエネルギー構造からの大きな転換でもあります。しかしそれは同時に、製造プロセスの脱炭素化を進め、新しい時代の競争力を確立していくための重要な一歩だと考えています。
バイオリファイナリー構想と国際競争力
今回の燃料転換は、貴社が掲げる「バイオリファイナリー構想」において、どのような役割を果たすのでしょうか。また、国際競争の中での強みについてもお聞かせください。
バイオリファイナリー構想では、簡単に言えば「木からもたらされる成分を利用して新たなバイオマス素材を作る」、その際に生じる「黒液をカーボンニュートラルなエネルギー源として製造工程で活用し、低炭素を促進する」、このふたつの取り組みがひとつのパッケージになっています。これに当社が製造工程の上流側で持っている森林を育てる育種・増殖技術という強みを加え、「伐って」「使って」「植えて」「育てる」を回す全体を包んだ形でのバイオリファイナリー構想という風に考えています。
※日本製紙が策定する「バイオリファイナリー構想」の事業モデルイメージ
我々が目指しているのは、単に紙を作る会社からの脱却ではありません。「木」という再生可能資源を、石油に代わる新たな資源として最大活用する『総合バイオマス企業』への進化です。石油から多種多様な化学製品を生み出す『オイルリファイナリー』になぞらえ、木材を成分レベルで分解し、あらゆる価値に転換していくのが『バイオリファイナリー構想』です。今回の高効率ボイラーの導入は、この構想を支えるクリーンな基盤作り、いわば『エネルギーの脱炭素化』に直結しています。
当社は、国内最大級の木材調達ネットワークを持ち、製紙事業で培った様々な技術・知見を豊富に有しています。またセルロースやその生産過程で出た糖などを利用した化成品事業を60年以上展開してきました。この2つの点は他の製紙会社にはない強みです。
木材から取り出したセルロースからは、紙だけでなく、鋼鉄の5倍の強度を持つセルロースナノファイバー(CNF)や、バイオエタノールといった付加価値の高い素材が作れます。CNFは、食品・化粧品などの添加剤として、すでに幅広い用途で使われています。バイオエタノールは、持続可能な航空燃料(SAF)などの燃料やグリーンケミカル製品の原料になるものです。さらに、セルロース以外の糖を原料とした食品・飼料用のトルラ酵母やこれまで燃料としてのみ扱われてきた成分からも、工業用の分散剤やコンクリートの混和剤を作っており、これまで蓄積してきたコア技術、知見やネットワークを幅広い分野で展開することで「総合バイオマス企業」として成長してきました。
今回のプロジェクトで製造プロセスそのものが脱炭素化されれば、そこから生まれるすべてのバイオマス素材は、『低炭素製品』という強力な環境価値を纏うことになります。
※木を構成する繊維をナノレベルまで細かくほぐすことで生まれる最先端のバイオマス素材「セルロースナノファイバー(CNF)」を活用したさまざまな製品。うどん、食パン、どら焼きといった食品やスケートボード表面の定着材としても活用されている。
これは、グローバル市場において決定的な優位性となります。今、あらゆる産業の顧客企業がScope3(自社の直接排出以外の上流・下流での排出量)の削減に取り組んでいます。我々の素材や製品を使うこと自体が、顧客の脱炭素化を助けるソリューションになる。素材メーカーとして、これほど強力な武器はありません。555億円の投資は、短期的な利益だけでなく、こうした『環境価値という新しい通貨』で世界と戦うための先行投資なのです。紙という成熟産業から、コア技術を駆使した成長産業へ。今回の大規模なGHG削減プロジェクトは、石巻の煙突から出るものが変わることは、我々のビジネスモデルそのものが転換することを象徴しているのです。
再生可能な木の活用で、持続可能な未来を目指す
最後に、この挑戦の先にどのような未来を見据えているか。また、今回のプロジェクト全体を通じた決意を聞かせてください。
弊社は2030ビジョンにおいて「GHG排出量2013年度比54%削減*1」を掲げ、燃料転換、省エネルギー、生産体制再編成の推進などによるGHG排出量削減に取り組んでいます。
今回の事業は、2030年というマイルストーンに向けて既存技術で着実に排出削減を進める主旨に基づいていますが、その先の2050年に向けてのカーボンニュートラルの実現には、水素、アンモニアを含めた新技術が必要になってくる。ここをいかに他業界、あるいは政府とともに社会実装させ、経済合理性が成り立つレベルまで昇華させていくかというところが鍵になると思います。
日本には資源がないと言われますが、国土の70%を覆う森林は、再生可能な巨大資源です。これまで蓄積してきたコア技術と最新技術の両方を駆使して、この資源を使い切ることで、エネルギー自給率の向上や、停滞する国内林業の活性化、そして地域社会の雇用維持にも大きく貢献できるはずです。そのためには、私たちが提供する環境価値の高い素材が社会や消費者の理解を得て、市場に受け入れられていくための土壌をつくっていかなければなりません。
今回のプロジェクトは、当社一社で完結するものではありません。鉄鋼、化学、自動車など、異なる業種のトップランナーたちと切磋琢磨し、日本全体の産業構造をクリーンに変えていく大きなうねりの中に我々もいます。技術的な困難やコストの壁は依然として高いですが、我々にはそれを乗り越えるための『誇りを持って明るく仕事に取り組む』という企業文化があります。現場の技術者から営業、管理部門まで、全社員がこの大きな変革の意義を理解し、一丸となって進む。このチームワークこそが、不確実な時代を切り拓く最大の資産だと確信しています。
100年前、先人たちが木から紙を作り、日本の文化を支えたように、今度は我々が木からエネルギーや新素材を生み出し、地球の未来を支える番です。石巻での挑戦が成功し、バイオリファイナリーという新しい産業が根付いたとき、そこには環境と経済が真に両立した社会が広がっているはずです。その未来を自らの手で創り出すという覚悟を持って、一歩一歩着実に、この巨大なプロジェクトを完遂させていきたいと考えています。再生可能な木の活用で、持続可能な未来を築く。これこそが、日本製紙が果たすべき社会的責任であり、我々の存在意義そのものなのです。
*1 エネルギー事業分野を除く製品製造に関わる排出
日本製紙からのメッセージ
採用希望の皆様へ
製紙業は今、ダイナミックな変革期にあります。木という再生可能資源を軸に、エネルギー、モビリティ、パーソナルケア、農林水産といった多様なフィールドで社会課題を解決したい。そんな熱意を持つ皆さんと、新しい産業の形を創っていきたいと考えています。
業界のステークホルダーの皆様へ
脱炭素社会の実現は、一社で完結できるものではありません。森林資源の価値最大化に向け、サプライチェーン全体での共創を求めています。我々のバイオリファイナリー拠点を活用していただき、共に新しい価値を生み出しましょう。
日本製紙社員の皆様へ
今回の投資は、我々の未来に対する約束です。石巻工場という重要な拠点で、これほど大きなプロジェクトに携われることに誇りを持ち、ワンチームで完結させましょう。再生可能な木の活用で、持続可能な未来を共に目指していきましょう!
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